薬をやめたから自業自得。フラッシュバック多発で辛い。

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うつ病休職1178日目です。2月は建国記念日と天皇誕生日という祝日がありますね。私は福岡市郊外の戸建てに住んでいるのですが、祝日は玄関前に国旗掲揚しています。いつもは妻が国旗担当なのですが、どうやら今月から娘達が国旗担当になったようです。

建国記念日は従来(敗戦後、GHQの命令で廃止されるまで)、「紀元節(きげんせつ)」と呼ばれていました。2020年は皇紀2680年にあたるそうです。私の祖母は昭和2年生まれなのですが、皇紀2600年(昭和15年つまり1940年)に、国をあげてお祝いをしたことをリアルに覚えており、お酒によってご機嫌になると「紀元は2600年~♪」と歌を披露するのが常でした。ちなみに、祖母は、今も元気です。

私は実家の横に住んでいるのですが、実家には両親が住み、その隣の家には祖母と叔母(母の妹)が住んでいます。私はうつ病になった後、両親や祖母に会うことができなくなりました。

私の代わりに、妻が、私の両親とやりとりをしてくれていました。しかし、私から両親の悪口をきかされて続けた結果、妻も、私の実家に行くことは無くなりました。現在は、二人の娘が、実家に出入りして遊んでいます。娘たちのおかげで、なんとか世代間コミュニケーションが取れているという情けない状況です。

ここまで深刻になるほど、私は実家との間に強烈なトラウマが残っています。トラウマの原因は「新卒で出版社に入社したが、両親と祖父母から4人がかりで、強烈に反対され、出版社を辞めさせられて、福岡に連れ戻されたこと」これです。

いま思い出しても、なんであそこまで・・・強烈に反対しなければならなかったのか・・・現在、両親と祖父母の願い通り、私は生まれ故郷に住んでおりますが、心は虚無感でいっぱいです。毎日のように、このトラウマを思い出し、足を引きずって歩いています。特に最近、お薬(グランダキシン)を飲むのをやめた影響で、フラッシュバックが酷くて、本当に辛いです。

妻からは、「引っ越して、この街を出ていけば、落ち着くよ。それまでは、お薬のみなよ。フラッシュバックしんどいでしょう?」と言われる始末。

明日以降で、トラウマを詳細に書いていき、書くことで自分を許し、祖父母を許し、両親を許し、楽に生きていきたいと願っています。

それにしても・・・就職氷河期に、自力で就職先を決めた孫に、当時79歳の祖父が「長男が東京に就職?そんなことは、許されんぜ。辞めてしまえ。絶対に許さん」と言うなんて、本当になんというか、いま思い出しても辛すぎます。

ちなみに祖父も父も、福岡県庁の職員でした。週末は農業をする兼業農家でした。つまり戦前の価値観、旧民法のイエ制度の価値観、田舎の農家の価値観。イエの存続がなによりも重要、長男はイエのために尽くすのが当然、そういう価値観なのでしょう。農家は、農地という動かせないものがあるため、どうしても場所にしばられてしまうのです。

本当の農家であれば、商売が傾いてきたら、息子には継がせずに廃業するという選択肢もあったことでしょう。しかし、なまじ地方公務員として安定収入があっただけに、「うちは農家なんだ。おまえは農家の長男なんだ。だから福岡から出ることは許されんぜ」とふざけたことを言える環境が維持され、祖父の発言につながったのでしょう。

このことをブログに書き始めると、私の脳内は混乱し、非常に辛くなります。文章もいつもに増して支離滅裂となる。しかし、こうしてアウトプットして、自分の感情を吐き出すことで、精神衛生上も改善していくのではないかなという淡い期待もあります。

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