【嵐JAL光の道】で有名な宮地嶽神社に参拝

Pocket

おはようございます。うつ病休職1125日目です。朝6時に起きて【宮地嶽(みやじだけ)神社】に行ってきました。帰宅してブログを書いております。朝にブログを書くなんて、随分と久しぶりな感じがしております。

宮地嶽神社

ここは商売繁盛で知られている神社です。正月三が日は福岡県内の経営者がゾロゾロやってくるイメージです。私も、サラリーマン復活を諦めて、自営業者(宅建業者)になる覚悟を決めたので、妻と二人でこの神社に行ったのです。今日は1月5日ですし、神社に到着した時間も朝の7時過ぎだったので、駐車場も神社もかなり空いておりました。よかったよかった。

私は九州ではそこそこ大手の不動産管理会社で働いたことがあるのですが、仕事始めの日には社長&取締役&営業マン全員で【宮地嶽神社】と【十日えびす神社】に行くのが習わしでした。当時29歳だった私は、当然ながら「運転手」でした。助手席には社長が座り、後部座席には取締役と営業部長というメチャ緊張する環境だったことを覚えています。

ちなみに経営陣も部長も宅建資格を持っていない人たちばかりでした。最初は期待されていた私ですが、その後は発達障害よくある「仕事できない人間」の烙印を押されてしまい退職。その後あまりに悔しくて意地で宅建だけは合格しました(独学です)。

不動産会社そして業界のヤクザっぽい雰囲気に嫌気がさしており、ダメ人間よばわりされた負の記憶も強く、不動産業界に戻る気持ちは一切ありませんでした。宅建は合格したけど、使わないまま眠り続けていたんですね。

しかしながら、うつ病とパニック障害を併発し、メンタル崩壊の危機、自殺の恐怖に怯える毎日、サラリーマン不適合者である自覚、でも稼がないといけない恐怖、これらを複合的に考えると、もはや宅建業しか残っていないのかな。このような現状でございます。

でも神社に行くとフラッシュバックが多発して辛いです。私は福岡県内の某神社の近所で生まれ育ち、保育園~小学生までは毎日のように神社のそばで遊んでいたんですね。実家との関係でトラウマを数多く抱える私としては、神社に行くだけでフラッシュバックを多発させてしまうのでしょう。今日は妻が同行してくれたので、まだマシだったのですが、それでも辛いものがありました。

ああ、宅建業で思い出しました。私は、20代の時はメチャ適当な人間だったのですが、シャレで就職活動の真似事をした時に、(勤務した会社とは別の)不動産会社から内定をもらってことがあるんです。その採用選考の過程で、適性検査みたいなやつを受けさせられたんですね。採用担当者から「キミ、営業マンの適性がメッチャ高いよ。ぜひ入社しなよ」と言われた記憶があります。私は、あっさりと断ってしまったのですが。たとえ入社したとしても、新規開拓営業だけは得意でがんばっても、それ以外のことがまともにできない人間なので、きっと同じようにクビになっていたんじゃないかと思います。

そうは言いながらも、新規開拓営業だけは実績を積み重ねてきたし、ゼロから営業所を立ち上げた経験もあるし、自分のプライドにはなりました。己の拠り所になる実績を積めた、その最初のきっかけをあたえてくれた不動産業には感謝もしております。

ああ、そうだ。私の父も祖父も地方公務員なのですが、農家でもあります(曽祖父は専業農家だった)。曽祖父が死んだ時は、祖父は8人兄弟だったので、さんざん相続でモメたそうです。そして祖父が死んだとき、相続税を支払うために、両親が土地を売ったのですが、その際に不動産会社にカモにされたのだと思います。祖父が亡くなったとき、私は20代だったのですが、知識経験を詰んだ今になって思い返すと、本当に両親はカモにされていたんだなと悔しい気持ちになってきました。

同じような都市農家は、たくさんありますし、都市農家の相続の際に、お役に立てるような存在、農家の気持ちがわかる宅建業者として仕事をしていければ良いのかもしれないと思う今日このごろです。

とにかくメンタルの復活を最優先に、なんとか生きていきます。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です