フラッシュバック予兆~回避失敗~発症

Pocket

うつ病休職1004日目です。昨日のブログで、悪条件が重なったからフラッシュバックが発生した、ということを書きました。7つの悪条件をひとつひとつ詳しく書いたので、よかったら昨日の記事から読んでください。今日は、昨日の続きを書きます。

1.フラッシュバックには予兆がある

人によって様々だと思いますが、私のように度々フラッシュバックを経験すると、「予兆」を感じるようになります。もっともこの予兆が「フラッシュバックが発生する前の予兆である」と認識できるようになったのは、うつ病を発症して以降のことです。主治医とのやりとりを通して、フラッシュバックのことを知りました。そして日々のブログを通じて、自分の傾向を知りました。ああ、ちなみにパニック発作(パニック障害)も同様に予兆があります。

以前はフラッシュバックという言葉も知らず、自分が発達障害だったこともわからず、フラッシュバックはとにかく辛く苦しく不快なものでした。そもそも、このような現象がフラッシュバックなんだということさえ知らず、「誰でもあるよね、こういう現象は」と勘違いしていたのです。勘違いというか大きな誤解なのですが。無知というのは怖いものです。物心ついて以降、無駄に30年ほど苦しんできた・・・そんな気がします。もっと早く精神科に行ってれば良かった。

2.すぐに休めばフラッシュバックは発生しない

昨日書いたように、お薬を飲んでいても、悪条件が重なるとフラッシュバックが発生します。私の場合は、車の中で出版に関する書籍を読んだことが引き金でした。出版社というキーワードで、どうしても新卒就職時の両親・祖父との確執を思い出してしまうのです。「【あとをつげ】というが、具体的には仕事は何をしたらいいの?」というトラウマがあるのです。

一度、考え始めると、「【あとをつげ】【あとをつげ】そればっかり言いやがって、じゃあ仕事は何をしたらいいんだよ!」という思考が無限ループで再生されます。私の場合、車の運転中に発生することが非常に多いです。これが予兆です。

「コンビニで漫画雑誌を読む」「家族以外の人と会話・電話する」など、思考の悪癖・無限ループが遮断されると、フラッシュバックは発生しにくくなります。あ、やばいな、と予兆を感じたら、車の運転をやめて、漫画でも立ち読みして、Youtubeでお笑いでも見て、アイスでもかじって休息すれば、フラッシュバックは回避できるのです。

3.適度な休憩をとらない愚かさよ

そうです、休憩して気分転換すれば、フラッシュバックは防げるのです。しかし当日は、夕方の渋滞を避けるために、帰路を急いでしまったのです。かなり渋滞がひどいので、できるだけ1730~1830頃の運転は避けたいのです。結果として、先を急いだあまり、フラッシュバックで苦しみまくるという結果を招いてしまいました。

4.帰宅するなり妻に助けを求める

いつも以上にフラフラしながら帰宅。妻子から「おかえり~♪」と言われるが、私はフラフラと妻に近づき「ごめん、今日は超不機嫌で、超きつい。いつものフラッシュバック・・・」と助けを求める。妻は「お薬飲んだ?自分の部屋に直行して休んで。ご飯は運んであげるから。子供たちも近づかないようにするから」と対策をしてくれました。私はグランダキシンを飲んで、自室に直行。

いま思えば、妻の手馴れた感が、何度も何度もフラッシュバックやパニックが発生していることを物語っています。妻よ、本当にありがとう。いつもすまない。

5.すべてを破壊したい衝動にかられる

妻は、私が食べやすいようにと、ご飯を丼にいれておかずを乗せて運んでくれました。ひとりで食事しながら、さらに思考の悪癖・無限ループが続き、悲しみや怒りが増幅していきます。

妻子にあたってはいけない、モノにあたってはいけない、破壊してはいけない、自傷行為をしてはいけない、落ち着け落ち着け、すべては過去のことなんだ、落ち着け自分・・・なんて理性で制御できるぐらいなら、フラッシュバックやパニックは怖くないんですよね。制御不能になりかけるから、怖いのです。

・・・ついにプチっと脳が切れて、「お箸」をテーブルに垂直に叩き込んでしまいました。さらにボールペンをテーブルに垂直に叩きつけ破壊。テーブルには小さな凹みが3つ(お箸で2つ、ボールペンで1つ)・・・ああ、お箸が壊れたので、ご飯はスプーンで食べました。丼だから、妻がスプーーンも用意してくれていたんですね。

6.両親への恨みつらみをノートに書きなぐる

このあとは、なんとか理性を保つために、ノートに感情をぶつけました。床に座り込み、ノートと鉛筆をもって、ガリガリ書きなぐる。この時、紙と鉛筆がなかったら、間違いなく壁に穴を開け、家具をぶっ壊していたと思います。困った破壊神です。

30分~60分くらい、カリカリと書き殴っていた。カリカリどころか、最後は鉛筆が貫通するくらいゴリゴリ!グリグリ!と書いていました。新卒就職時、弟の就職先は父が探した。一方で私は自力で探したのに、祖父が「長男が東京で働いてどげんするとか!!お前(父のこと)は馬鹿か!辞めさせろ!!」と両親を叱りつけ、父はあの手この手を使い、結果として私は退職した。就職氷河期の出来事ですよ?

この時の怒り・悲しみが、40代になった現在もあとをひいています。

ああ、誤解の無いように書いておきますが、(うつ病発症前の)いつもの私は紳士的だったんですよ。20代の時はデタラメでしたけど、子供が生まれて以降は、「まともなパパになろう」と思い紳士的にふるまってきました。職業訓練に通っている現在も、「うつ病には見えませんよ」「話しやすいですね」「穏やかですね」とか言われるので、半分お世辞だとしても、まあなんとか回復しつつあるのかなといった感じです。

7.時間の経過とともに落ち着く

破壊神が降臨(お箸とボールペンを破壊しただけ)して、60分後くらいには落ち着きました。グランダキシンが効いたのか、かなり楽になりました。妻を呼んで、話を聞いてもらい、さらにリラックスできた。妻に、私が書いたノートを見せると・・・いろいろと貴重なアドバイスをもらいました。

・・・ちょっとブログを書くのに疲れましたので、続きは後日に・・・

ああ、それにしても、腰が痛いです。床に座って鬼の形相でノートにゴリゴリと書いていたから、負荷が腰に来たみたいです・・・ホントにアホな自分にうんざりします。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です