福岡には支那人朝鮮人に乱暴狼藉された証拠が山ほどある。

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うつ病休職822日目です。

「822年」でウィキペディア検索して知ったのですが、822年は最澄(さいちょう)が亡くなった年です。

最澄といえば、天台宗の開祖です。

上記は、比叡山延暦寺のWEBです。いま風のWEBですが、TOPの写真が残念な感じです。余計な事いうとバチが当たりそうなので黙っておきます(笑)

実は福岡県新宮町にも、最澄ゆかりの寺が残っています。

福岡は、中国大陸との玄関口であったため、偉人の足跡が残っていることが多いです。

本当は今日のブログはTOEICのことを書くつもりだったのですが、ここまで書いて、気がかわりました(笑)

・・・韓国の北朝鮮寄りの姿勢を見ると、統一朝鮮となり、共産主義国家(朝鮮・支那)との最前線が、ここ福岡になる可能性も否定できません。

「むくりこくり(蒙古人・高麗人)」の襲来を忘れてはいけません。元寇のことです。あいつら、自分たちが攻めてきたことは忘れてやがるからな。対馬や博多で乱暴狼藉した証拠も残っているぞ。

福岡には、いろいろと証拠はありますよ。なんせ最前線でしたから。いまも「元寇防塁」やら何やら、残っていますから。

さらに時代を遡れば、大宰府政庁を守るための山城である大野城(おおのじょう)、水城(堤防)である水城(みずき)は、現在も残っています。

ちなみに、私の祖父は福岡県庁勤務で、戦後は引揚者支援(海外から引き上げてくる日本人を支援する)の仕事をしていました(退職後は護国神社勤務)。

祖父は日本酒が好きで、酔うと「じいちゃんは、よう知っとうとよ。朝鮮人には、本当にひどいめにあわされたとぜ・・・恩を仇で返すとぜ・・・ひどい話がいっぱいあるとぜ。」と語りだし、祖母が「あんた、孫に言わんでよかやんね、もう時代が違うとよ。」と制止する。こんな感じでした。

ちなみに祖母は、いまも元気です。ある意味、生き字引なので、うつ病が治ったらいろいろと教えてもらおうかな。早く、うつ病を治さないと、ばあさんが死んでしまうな。

ここまで書いたので、もう一回、ブログで書いておきますが、二日市保養所(ふつかいち・ほようじょ)という施設がありました。敗戦後、朝鮮人などにレイプされた女性を、救うための施設です。「二日市保養所」で検索してみてください。現在、二日市保養所の跡地には、「仁」という石碑が残されています。

韓国駐在の日本人家族は、早く引き上げたほうが良いと思いますよ。敗戦後、それまで日本人として種々の恩恵を受けていた当時の朝鮮人でさえ、日本人に対して乱暴狼藉の限りを尽くしているのです(警察署への襲撃など、事件は無数にあります)。

ましてや、これだけ「日本憎し」「日本なんて滅びて当然」という偏向反日教育を受けている現代において、いざ有事の際、日本人民間人への攻撃は、戦後の比では、ないでしょう。阿鼻叫喚、という言葉が目に浮かびます。

仕事で行く男性はしかたありませんが、家族は日本に置いて、単身赴任で行かれることをオススメ致します。なにかあってから後悔するのでは、遅すぎます。

「隣国を助ける国は滅びる」有名な、マキャベリの言葉です。大日本帝国が滅びたのは、朝鮮半島に巨額の国費をつぎ込んだから、という一因も無視はできないでしょう。まあ、それ以上に共産主義者のスパイ(朝日新聞社の尾崎秀実=死刑=ソ連スパイとして勲章と賞状をもらう)等の暗躍が大きかったのですが。

自分を・家族を・故郷を・日本を守るためにも、過去100年間の歴史を知り、本当の敵は誰か、見抜かないといけません。日本人の敵は、共産主義者です。

共産主義者はマスコミ・司法・教育に多数、潜り込んでいます。日本の伝統・歴史・国民性を破壊する共産主義者は、さっさと共産主義の国に行ってくれ。

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