話を聞けないのは学習障害ではなかった。

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うつ病休職737日目です。

ノーベル賞授賞式、紋付袴で出席された本庶教授、かっこよかったですね。

本庶教授や、サッカー日本代表、スケート羽生結弦選手など、国際舞台で活躍した日本人が、日本人らしさを発揮して下さるというのは、本当に励みになりますし、ありがたいことです。

さて、昨日のブログで、「話を聞くことができない私は、学習障害じゃないのか?」という悩みを書きました。

ちょうど精神科の診察を受ける日だったので、主治医に質問してみました。

その結果・・・「それは、学習障害というよりは、ADHDでしょうね」との回答でした。

そうなんですね。

・・・ただ、ちょっと不満もありました。

というのも、主治医が私の話を聞いたあと、引っ張り出してきたものは・・・「大人の発達障害」のようなタイトルの、一般向けの書籍でした。

主治医いわく

「学習障害は、読み・書き・計算の障害とされています。話を聞けないというのは、ADHDでしょう。ちょっと待ってくださいね・・・(書籍をチラっと確認)・・・うーん。ADHDの項目にも、【話を聞けない】というのは、書いてないなあ・・・まあ、学習障害ではないでしょう。話を聞けないなら、ICレコーダーを用意しておくとか、対策したらいいじゃないですか~」だって。

いやいや先生、一般向けの書籍なら僕も持ってますよ。「読み書き計算の障害」それくらい知ってますよ。「話を聞けない」という深刻な悩みがある、しかも学校に入ることになったから、不安になって聞いてみたんですよ。せめて医学書チェックしてみるとか、なんか調べてみるとか、ないのかよ。

・・・な~んて、不満があったのですが、そこは「大人の対応」をしました。私は、「なるほど、わかりました、ありがとうございました」とお礼を言って、この話題を終わらせました。

主治医には、大変お世話になってるし、感謝してるし、今後もいろいろと(書類かいてもらったり)お世話になるので。余計な手間をかけないようにしようっと。

それに、精神障害者福祉手帳を取得した今となっては、いまさら病名が増えたところで、なんら意味はありませんしね。しかも、すでにアスペルガー、ADHD、うつ病、パニック障害の4つの病名がついている。

こんな気持ちをグッと噛み締め、笑顔でお礼を言って帰った次第です。(これを打算というのでしょうか)

◎10年前、傾聴セミナーの講師に同じ質問をぶつけていた

ふと思い出しました。私は10年ほど前、「傾聴セミナー」というものに参加したことがあります。

全6回くらい、公民館とかでやっている、市民講座みたいなものでした。

大変、参考になり、間違いなく営業でもプライベートでも役に立つ知識でした。

講師への質問で、「人の話を聞くことができません。特に、話が佳境にはいって【いまの話が大事だ】と認識した途端に、耳から入ってこなくなる、という悩みがあります」と打ち明けたのです。

講師の回答は「これは、すごく難しいですね。一つ、可能性があることとしては、幼い頃に散々、聞きたくもないことを聞かされた、義務的に聞かされた経験があり、トラウマとして残っており、心が耳を閉じてしまう、という感覚かもしれませんね」このような内容でした。

私は、生まれた瞬間から「長男が生まれてよかった、後継ができてよかった」と呪いのような言葉を、死ぬほど浴びせらせて育った人間です。この時、講師の回答を聞いて、涙が出そうになった記憶があります。

そのときは自分が発達障害とわかっていなかったので、両親(というよりは、親戚や近所)に対する恨みつらみばかり増幅された記憶があります。

このような経験も、加藤諦三先生の本や、「毒親」本を読むことで、少しづつ消化できては、います。

 

・・・ちょっと脱線しましたが、ともかく4月から1年間、職業訓練校に通うことになりました。

どんな勉強をするのかというのは、ナイショです(笑)

入校までの数ヶ月間は、散歩や英語のノルマをこなし、知力・体力・精神力を回復させるよう、努力していきます。

今日は、以上です。

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