続【書評】本当はすごい神道

Pocket

うつ病休職732日目です。

昨日に続き、【本当はすごい神道】書評です。

◎第5章;神と祭とまつりごと

  • なぜこれほどまでに日本人は、神社の祭のために、懸命にがんばるのでしょうか。それは、「そこに神様がいるから」という日本人の誠心誠意に尽きます。
  • なぜ日本人は、このように「繰り返しの営み」を行うのでしょうか。それは、日本では数万年も前から、共同体のあらゆる人々が協力し、絆を結び合って、未来につなげていこうと努力をしてきたからです。
  • 祭が日本人の団結力となり、秩序正しさに繋がり、未来の子供たちに向けたリレーとなるのです。
  • 日本ではこうして「奇跡」は起きます。奇跡を起こそうとして何度でも蘇り、努力を続ける日本人がいる限り。
  • 日本人はなぜ世界一勤勉なのか。日本の神話では、もっとも尊い神様である天照大御神ですら自ら働き、そして日本人もまた共に働くという「共働の国」というのが、そもそもの日本の国柄です。日本人には「神と共に働くことが良いこと」とする価値観がありました。日本人の美しい労働観があるのです。
  • 生産や収穫への「感謝」と「労働」がセットになっているところに、西欧にはない日本の大きな特長があるのです。
  • 神道の考えでは、政治の「政」は「まつりごと」といいます。その役割は「治らす(しらす)=統治する、神の恵みを感じ取る」です。「祭」と同じで、国民がバラバラになっては政治も機能しません。とりわけ日本の為政者は、「神々の意思」つまり国家の自然や歴史、伝統に基づく自らの使命感を感じ取ることが大切です。
  • なお安倍晋三総理による政治観が、本章で紹介されています→「本来、日本には自助自立という考え方があったのです。自分のチカラで汗をかいて生きていかないと、お天道様に恥ずかしい、という考え方が根本にあった。そして、困った人がいたら皆で助け合う。これは社会主義的な考え方の延長ではなく、もともと私たちの文化に根ざした助け合いの誠心です。瑞穂の国の文化、生き方、伝統を大切にして、社会のシステムを作り上げていくことに、これから叡智を結集していければいいと思います。」

◎第6章;日本の神道の「間」がもたらす効用

  • ゴジラの音楽など作曲した伊福部昭(いふくべ・あきら)氏。その独特の音の調べと響きの秘密はいったい、どこに隠されていたのでしょうか。。。元々、鳥取県にある宇倍神社の神主の家系だったのです。伊福部氏の先祖の背景には、「銅」という金属があったようです。
  • 日本の神道にもとづく「音霊による音の調べ」とは、「日本の歴史と伝統を引き継ぐ音楽家の魂と心がいまに生き、後世の音楽のために、将来に継承されてゆくもの」であることに共通点があります。
  • 日本には「ま=間」を大切にするという独自の考え方があります。日本人は「間」というものを大事にし、その使い方に優れていました。たとえば生花では美しい空間の「間」が造形され、歌舞伎などでも「間」という空間が巧みに表現されています。雅楽や邦楽には、音と音の「間」がうまく表現されているものが賞賛されると言われています。
  • 人と人の間にも「間」があり、古くから日本人はこの「間」の中でかかわり合いをつける、という考え方をしてきたのです。人間関係においては、この「間」がない「個人としての人間」はありえない、と考えてきたのが日本人であったわけです。
  • これら日本人特有の「間」の考え方と使い方を象徴的にあらわしているのが、じつは神道なのです。神道では「間」にも「神」が宿り、この「間」において交流する、という考え方があるのです。(たとえば地鎮祭のように)神々に安全を祈る「神祭」が「空間」に対する日本人の思いをじつによくあらわしているのです。
  • 日本人は単純な色彩であっても、「もの」と「もの」とのあいだの「余白」の使い方から「奥行き」を表現し、生きている人間や風景を描くのがとても上手なのです。この「奥行き」の深さこそが、日本の誇るマンガ・アニメの神髄なのです。この美しい間の作り方の上手さの背景には、神道があるのです。
  • 神道の特徴の一つは、「相手の魂を揺らしながら、相手を取り込む」ことです。自分や相手の魂を揺らすことは、文学や音楽、実践的なコミュニケーションなど様々な場面で役立ちますが、神道の教えでは「たまふり=魂振り」いう手段が必要です。
  • (GHQや共産主義者の影響で)戦後の革命史観を信じた日本人は、昔の不平等な状態を差別と呼んで糾弾しますが、これは神々の世界の話の定理から言えば、明らかに間違いです。その理由は、神々の世界の中で「高貴な神」と「高貴でない神」の違いはあっても、日本ではあくまで、皆それぞれに価値のある神様だからです。決して、ある神様がある神様にたいして「差別している」などという事実はありません。そればかりか、浸透の世界では、祭を行うことによって「祭る者」と「祭らわぬ者」の逆転すら起きています。亡くなってから後になっても、逆転と挽回が可能な日本の伝統的な世界。それが、日本の神話を大切にする私たちの神道なのです。
  • 神道流コミュニケーション術を実践し、精神分析医としても活躍した賀陽濟(わたる)宮司は、次のような趣旨で述べていた。「今の日本人には、自らの魂の根っこがない。精神が荒廃したネイティブ・アメリカンのようだ。日本の精神医学の現場にいると、今の時代に生きる希望を治療で見出すなど、ありえない。日本の精神医学会では、よく「うつ病患者の自殺」が取り上げられるが、いま本当にうつ病が多くなった。国を挙げて研究しているが、その根底に有る忘れられたテーマは、「日本はいまどうなっているんだ」ということ。いまこそ精神分析学の分野でも「日本」が必要なのだ」
  • つまり、世界に共通する「神道流コミュニケーション」とは、自らの精神性をしっかり保つことで、積極的に相手の「魂の世界」に入り、思いやりやおもてなしを行うことです。たしかに会話する手段としての英語は大切ですが、それ以上に大事なのは「日本人の心と魂」です。
  • 神道の「中今」とは、「いまを懸命に生きる」という日本人古来の精神性そのものです。今まさにこの瞬間、自分の魂を立ち上がらせ、実践的に相手と交流し、コミュニケーションを行う。21世紀の欧米社会の病理的な精神医学では「間主観的アプローチ」と呼ばれ、世紀の大発見ということになっているが、日本人にとっては太古の昔から当たり前のことだったのです。
  • 昔の日本人には「くよくよ悩むよりは、一所懸命に生きていれば、なんとかなるさ」という強い精神性が存在しました。グローバル化の中でも、日本人は「時空間を超えて通じる何か」があると信じていました。だからこそ、昔の日本人には、国際舞台に出ても動じない、たくましい偉人たちが大勢あらわれたのでしょう。昔の日本人には、魂の根元である神道という教えが伝わっていたのです。
  • 今の日本人に大切なのは、地位や仕事などによってつくられたアイデンティティというよりも、自ら地に足がついている魂があり、私たちが本来もっていた心の感覚と、ものの考え方を取り戻し、魂を蘇らせられるかどうかがもっと大事です。そして日本人の魂があり、日本の風土、文化、伝統、歴史と自然がわかれば、外に打って出ることです。

 

・・・なんだか胸がいっぱいになりました。

賀陽宮司は、残念ながら平成25年に亡くなられたそうです。

あすに続きます。

 

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です