希死念慮とは、漠然とした自殺願望のこと

Pocket

40歳サラリーマンによる、休職ブログ225日目です。

昨日は【「死ぬくらいなら会社辞めれば」ができない理由】の書評を書きました。書評を書きながら、ふと「そういえば、自分は死にたいとか思わなかったな」と思い出しました。

いや、でもよくよく考えると、仕事の帰り道・・・毎日、深夜の2時とか3時ですが、車の運転をしながら、こんなことを考えていたことが何度かあります。いや、何度もあります。

「しんどいな。先が見えないな。いつまでこの生活が続くんだろう。このまま、ハンドル切れば死ぬな。死んだら楽だろうな。あ、待てよ、かわいい妻子がいるのに死んだらまずいな。」

こんなこと考えていました。深夜の国道で、時速80キロだして運転していたので、シートベルト外してぶつかれば、死んでいたことでしょう。考えが浮かぶたびに、自分の葬式で泣き崩れる妻子をイメージして、我に返っていました。

ところで、私は月に3回、精神科に通っています。行く度に問診票に記載します。5段階評価で自分の状態に丸をつける感じです。その時に「死にたいと思いますか」という項目があります。私はいつも、「妻子がいるのに、ありえないだろう!」と思って5段階評価の1に丸をつけていました。

でも、ふと、恐ろしいことを自問自答しました。

もし、妻子がいなかったら・・・?

たぶん、5段階評価の3に丸をつけていたと思います。うつ病直前の時期だったら、5に丸をつけていたかもしれない。恐ろしいことです。

ちなみに希死念慮(きしねんりょ)とは、漠然とした自殺願望のことだそうです。くわしくはウィキぺディアでよんでみてください。

私は自殺や過労死をしていないので、今このブログを書いています。なにを当たり前のことをと言われるかもしれませんが、死んでしまったら何もできない。

妻からは「過労死するから仕事を辞めて」と言われていました。その度に僕は「まだまだ大丈夫だよ、僕よりもハードに仕事している人はいっぱいいるよ」と応じてました。

今思うと、本当にやばかったのかも、しれません。妻に感謝です。

このブログを読んでくださっている皆さま、もし少しでも共感することがあったら、あなたの家族に相談してくださいね。そして精神科に行ってみてくださいね。死んではいけません。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です